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2012-02-19-Sun-04:40

【 ドラマ映画 】 『メランコリア』★☆

お久しぶりです。

『メランコリア』の監督・脚本家のラース・フォン・トリアーという作家のことを、僕はよく知らないのですね。観てはいないのですが、ビョークがビョーキの映画を撮っていましたね。ほんと、それくらいしか分からないのです。作家性を語られる傾向の強い人の作品について、何かものを言うのは、風当たりが強そうで、しかも僕、映画半ばでちょこっと寝てしまっているのですよ。ちゃんと観ていないんです。それでも言えることは、『メランコリア』は心底どーでもいい映画だったということです。

Melancholia.jpg

終末系映画としては、視点が珍しいなぁと思いました。ある女性(キルスティン・ダンスト)とその親類の、ひとつの敷地内において進行する物語なのです。はでな破壊描写はありませんし、トンデモ学者も出てきません。はでに壊れているのはキルスティン・ダンストの頭と顔です。

ダンスト演じる女性はタイトルのとおり鬱病なのでしょう。ひたすら周囲を振り回すくせに放っておいてちょうだいな感じがたいへん面倒くさいです。どうも、トリアー監督も鬱病を患っていたとのことで、自身の体験を基にしているのかも知れません。ビョーキの彼女以外の人たちも、不細工な描かれ方をして、ちっともかみ合わなくて、人間不信なんじゃないですか。鬱病治ってないんですか監督。って感じでしたね。そんな、映画で訴えないでメンタルクリニック通ってくださいよ。つらいです。
後半は、地球滅亡に瀕しての彼女たちの姿が綴られるわけですが、鬱病のダンストは周りが怯え混乱している中、一人落ち着いているのです。元々死んだ魚のような目をしていたので、物理的に死んじゃいそうな状況にフィット感でも覚えているのでしょうか。いざというときはビョーキのやつの方が強いとでも言いたいのでしょうか。開き直らないで治療に専念してくださいよ監督。

そんなふうに、物珍しさや、文芸的な構成は伺えるにしても、膨らみを感じなかったので、非常に退屈、不快に映ったのでした。
冒頭、長々とシュールな構図の画がいくつか映し出されるのですが、この画に係る場面がそのうち出てくるであろうことは想像に易く、物語の進行度の目安になるのです。なので、一つ出るたびに「チェックポイント通過」という感じで、いよいよこれで終わる、というサインが来たときは小さくガッツポーズしたものです。帰れという話ですか。でも、何かあるだろうと期待して、最後まで付き合ってしまったのですね、トリアー監督のセラピーに。

『ものすごく暗くて、ありえないほどウザい』。キーファー・サザーランドの表情は良かったです。あの、ちょっと冷たい瞳が素敵でした。ドナルド・サザーランドみたい。

鬱病ね。助けてはあげるけど、認めてなんかやるもんかキチガイコノヤロウ。というのが、現実に振り回されての感想ですのでね。ごめんなさいね。
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