--------------:--

【 スポンサー広告 】 スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2012-04-21-Sat-12:12

【 ドラマ映画 】 『トゥー・フォー・ザ・マネー』★★★☆

今回は、『トゥー・フォー・ザ・マネー』を観ました。実話を基に、スポーツ賭博の裏側を描いた映画です。

two-for-the-money00.jpg

この映画はですね、けっこう曲者だなと思うんです。スポーツ賭博の予想屋の話で、おまけに実話ベースですよ。華やかさの裏の闇ですとか、挫折と再起なんかを見せてもらえるものだと予想しますよね。し、しませんか。
ところがですね、そんな風に目線を固定して観ると、騙されるというか…いろいろ不安にさせられるんですよ。作中に、予想屋のスランプが心境の変化のせい、みたいに捉えられる流れがあるんですね。でも、賭博なんて運じゃないですか。なので、「えっ、オカルトですか!」「この映画、まちがえちゃったかな…」って。それがラストまで引っ張られるから、気持ち悪いの。

でも、この映画、ちがうんです。ちゃんとしてたんです。擬似親子ものだったんです。ジャンル詐欺ですよ。こっちの勝手な思い込みのせいなんですけれどね、こういう騙され方もあるんだなあと、思いましたね。結果、好きな映画なのですが、こういう騙され方は別に気持ちよくないですね!いや、僕のせいなんですけど!

ある意味、結末が読めない映画。勝手にレール敷いちゃって、別のところに注意をもってかれて。主人公が予想屋の星になれたのは、鋭い分析力あってこそ。これをすっかり忘れてました。ギリギリの賭けで、彼が得たかったものは何だったのか…。ちょっと温かいような、切ないような、良いお話じゃないかと思いましたね。偏見なしで観たとしても、そこまでやる必要ないんじゃ…っていう部分もあったりするんですが。…褒めてるのか悪口言ってるのか、よくわかんないですね。

果たして、どこまで意図されて作られていたのかは分かりませんが、とりあえず、下手に構えずに映画は楽しみましょう、という教訓になる一本だったのでした。なんだか、感想というより、素直に観れなかった理由書みたいになっちゃいましたね。
では、またお目に掛かりましょう。
2012-02-19-Sun-04:40

【 ドラマ映画 】 『メランコリア』★☆

お久しぶりです。

『メランコリア』の監督・脚本家のラース・フォン・トリアーという作家のことを、僕はよく知らないのですね。観てはいないのですが、ビョークがビョーキの映画を撮っていましたね。ほんと、それくらいしか分からないのです。作家性を語られる傾向の強い人の作品について、何かものを言うのは、風当たりが強そうで、しかも僕、映画半ばでちょこっと寝てしまっているのですよ。ちゃんと観ていないんです。それでも言えることは、『メランコリア』は心底どーでもいい映画だったということです。

Melancholia.jpg

終末系映画としては、視点が珍しいなぁと思いました。ある女性(キルスティン・ダンスト)とその親類の、ひとつの敷地内において進行する物語なのです。はでな破壊描写はありませんし、トンデモ学者も出てきません。はでに壊れているのはキルスティン・ダンストの頭と顔です。

ダンスト演じる女性はタイトルのとおり鬱病なのでしょう。ひたすら周囲を振り回すくせに放っておいてちょうだいな感じがたいへん面倒くさいです。どうも、トリアー監督も鬱病を患っていたとのことで、自身の体験を基にしているのかも知れません。ビョーキの彼女以外の人たちも、不細工な描かれ方をして、ちっともかみ合わなくて、人間不信なんじゃないですか。鬱病治ってないんですか監督。って感じでしたね。そんな、映画で訴えないでメンタルクリニック通ってくださいよ。つらいです。
後半は、地球滅亡に瀕しての彼女たちの姿が綴られるわけですが、鬱病のダンストは周りが怯え混乱している中、一人落ち着いているのです。元々死んだ魚のような目をしていたので、物理的に死んじゃいそうな状況にフィット感でも覚えているのでしょうか。いざというときはビョーキのやつの方が強いとでも言いたいのでしょうか。開き直らないで治療に専念してくださいよ監督。

そんなふうに、物珍しさや、文芸的な構成は伺えるにしても、膨らみを感じなかったので、非常に退屈、不快に映ったのでした。
冒頭、長々とシュールな構図の画がいくつか映し出されるのですが、この画に係る場面がそのうち出てくるであろうことは想像に易く、物語の進行度の目安になるのです。なので、一つ出るたびに「チェックポイント通過」という感じで、いよいよこれで終わる、というサインが来たときは小さくガッツポーズしたものです。帰れという話ですか。でも、何かあるだろうと期待して、最後まで付き合ってしまったのですね、トリアー監督のセラピーに。

『ものすごく暗くて、ありえないほどウザい』。キーファー・サザーランドの表情は良かったです。あの、ちょっと冷たい瞳が素敵でした。ドナルド・サザーランドみたい。

鬱病ね。助けてはあげるけど、認めてなんかやるもんかキチガイコノヤロウ。というのが、現実に振り回されての感想ですのでね。ごめんなさいね。
2012-01-21-Sat-17:08

【 ドラマ映画 】 『マイ・ファースト・ミスター』★★★★☆

もう5年以上前の話なのですが、深夜にテレビ放映されていたこの映画を途中から数分だけ観て、これは好きな映画だ、と直感的に思ったのですね。しかし途中から映画を観るのって嫌でしたし、もうよいこは寝る時間でしたので、あとでDVDで観ればいいや、と、その夜は就寝することにしたのでした。そうしたら、この映画、DVD化されていないって言うではありませんか。この時はほんと、悔しい思いをしましたね。

しばらくして、主演がリーリー・ソビエスキーだと知って、益々ムズ痒ーくなりました。リーリー・ソビエスキーっていう女優さんは、僕すごく好きなんですよ。美人さんで、きれいなだけじゃなくて、ちゃんと、なんて言うんですか、役者顔と言いますか、主役張れる個性を兼ね備えてると思うんですよね。あと良いおっぱいしてるんですね。なのにイマイチぱっとしないんですよ。B級(悪い意味で)映画ばっか、これがB専ですか?僕が思うに、背が高すぎて(180センチ弱あるそうです)ロマンス映画なんかで男が背伸びしてチューすることになってちょっと画がキマらないから使い勝手が悪いとか思われて、選り好みできるほどのオファーが来ないんですよ。あぁ、かわいそ!そんなふうに勝手な想像をして、応援したくなっちゃってるわけなんですね。

結局、『マイ・ファースト・ミスター』は今日までソフト化されることなく、我慢できなくなった僕は海外盤のDVDで鑑賞することにしたのでした。そうしたらこれ、英語字幕すらないネイティブ仕様ではありませんか。僕のTOEICは600点前後ではありませんか。これはちょっと冒険でありました。それで、嫌がる僕の英語脳にムチ打って観たら、ちゃんと、楽しかったんですね。いや、そんなんじゃないんです、高く積もらせた期待に応える大傑作だったんです。

myfirsymister01.jpg

お話は、ピアスねーちゃん(ジェニファー:リーリー・ソビエスキー)と堅物おっさん(ランドール:アルバート・ブルックス)の友情もの。とても滑稽で、美しいんです。まず、この一見まるで共通点の無さそうなカップリングが面白いです。ところが、二人は似た者同士であることが分かってくるんですね。二人とも、ニュアンスは異なりますが、偏屈で、孤独なんです。それも、自分から世界を拒絶してしまっているんですね。
かたや、理解されず軽薄なやり取りばかりの日々に嫌気がしていて、かたや、大切な存在を失いたくなくて人間関係に臆病になってしまっている。二人のタイプの違いが衝突を生んで、深いところでの対話ができるようになっていく。真の友を得て、世界が変わっていくんです。時々、僕も自分に似た人間と出会ったら、なんて想像しますけれど、たぶん牽制し合っちゃって、親友にはなれないんじゃないですかね。内向的でめんどくさい野郎なんです。この映画の二人みたいに、ちょっとしたズレが要るんですよ、絶対。ソビエスキー譲に双眼鏡で見つけてほしいです。

それとこの映画、映像と効果音の遊びがたいへん楽しいのです。監督はクリスティン・ラーチという人で、本業は女優さん。本作が長編初監督というのですから驚きです。遊びばっかりじゃなくて、しっとりとした演出も、終盤の晩餐シーンなんか、ほんと良かった。泣きのシーンなのですが、押し付けがましくなくて、スリムに仕上がっていて素晴らしいんですよ。

『ミセス・ダウト』『メタルヘッド』を足して割ったような味わいの、不器用な愛情と自己主張をユーモアたっぷりに描いた感動作。オススメです。

では、またお目に掛かりましょう。
2011-12-06-Tue-22:16

【 ドラマ映画 】 『メタルヘッド』★★★★

また間が空いてしまいましたね。素敵な映画を観たので感想を書いてみました。
突然頭角表した感のある器用な若手俳優ジョセフ・ゴードン=レヴィット。彼が傍若無人なメタルヘッド(年中メタル聴きながら頭ブンブン振ってる方々の通称)を演じた『メタルヘッド』です。原題は『ヘッシャー』で、このメタル野郎の名前です。でも主人公はヘッシャーではなくてTJという少年。ヘッシャーは少年の運命を大きく揺るがす謎めいた存在として登場します。ドラえもんです。毛色は大分違いますけど。「ジャイアンに虐められたよー」「知ってるよ見てたから」「ひどいよー」「じゃ、今夜ジャイアンの家に火を付けに行くぞのび太!うふふふ」って感じ。

hesher-jgl01.jpg

まず面白かったのは、ヘッシャーのワケわからない言動。つじつまなんか関係ないし、映画だから何か含ませてるのかなーなんて考えたりする部分もあるけど、やっぱり思いつきの言葉をならべただけのような気もする。ヘッシャーとTJの初めての言葉のキャッチボールが
「洗濯機はどこだ」
「えっ」
「スカルファックは されたいか」
「なにそれ」

ですからね。手抜きすぎるイレズミもバカっぽくていいです。たくさん笑いました。

そして、TJ少年の成長…なのかどうか、分かりかねるところではあるんですが、彼が凍り付いた日常を打開していくドラマがまた素晴らしいんですね。ことなかれ主義、おとなしいTJは、母を事故で失い、それによって鬱になってしまった父の姿を横目に、年上の悪ガキのイジメに耐えながら日々をやり過ごしていました。そこに現れたのが好き放題やりたい放題の変人ヘッシャー。勝手に住んでた空き家に住めなくなったので、勝手にTJと同居し始めます。
ヘッシャーは思ったことをすぐ口に出しますし、後先考えないで危険なことをします。まるでTJとは対称的なのですが、TJの鬱憤が成り代わった存在と言えるかもしれません。TJはヘッシャーと行動を共にするうちに自らの感情をズルズル引きずり出されていくんですね。ヘッシャーから何か学んでどうこう、というよりは、ヘッシャーを見てるうちに抑制が麻痺してきただけなんじゃないかと思うんですが(学んだとすれば罵詈雑言とか卑猥な単語じゃないでしょうか…)感情の爆発までの持って行き方がたいへん自然で、気持ちが良かったのです。ただ、あんまり下品な台詞を連発するようになるのでちょっと今後が心配になりましたね。TJと、演じた子についても。素晴らしい子役だなーと思ったのですよ。ちゃんと育って長く活躍して欲しいじゃありませんか。

くそったれの現実を打ち破りたいとき、ハッキリ「くそったれ」と言い放ってしまうことが、ときには必要なのかもしれませんね。日本の漫画にも、「我慢は体に悪いよーカイジ君」という名台詞がありますしね。なんか違いますか。あと、ヘッシャーの終盤の珍演説から無理やりメッセージを抽出すると「周りをよく見てみろ、まだできることはあるはずだ。世界はもっと楽しくなるはずだ」と……やっぱそんなこと言ってないかも。

hesher-natalietj01.jpg
子役も可愛らしくて良かったけど、ナタリー・ポートマンの可愛らしさは彼女の輝かしい作品歴の中でも最高じゃないかと思いましたよ。素朴というのはたまらないですね。飾らないお前に惚れたよ。

少年にスポットが絞られていてよくまとまっているのですが、パパさんについてもうちょっと描写があっても良いなーと思ったのですが、食い足りなかったのはそれくらいかしら。とても良い映画でしたよ!
では、またお目にかかりましょう。
2011-10-02-Sun-20:45

【 ドラマ映画 】 『わたしを離さないで』★★

ちゃんと観れなかったような気がする映画が増えま『わたしを離さないで』した。キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ共演のドラマです。

never_let_me_go.jpg

設定に、マイケル・ベイ監督の『アイランド』との類似点が見受けられまして、ずーっと比較しながら観てしまったのですね。なので、もはやパロディ映画みたいな扱いなのです。でもなんだかちゃんと観ても、あんまり面白くないんじゃないかなーと思ったので大して悪びれたりはしません。

『アイランド』との類似点:
(1) 臓器提供のために生まれてきた子供たちが、
(2) 外の世界は怖いよ出たら死ぬよーと言われて閉鎖的な施設で生活してて、
(3) アイロニーたっぷりに話が掘り下げられそう!とワクワクさせられたのに損しちゃう。(私見)

それで、本作は能天気アクション『アイランド』を「しっとりお真面目な青春/ヒューマンドラマにする」という試みをしているんです。色々と『アイランド』に逆らって作って、真逆のテイストを実現しています。(偏見)

『アイランド』との相違点:
(1) 本作では子供たちは「君達に未来はありません!」とハッキリ教えられてます。でも逃げ出しません。たとえ逃げ出せても逃げません。パロディだからです。
(2) 本作のヒロインは、TVのいちゃこき映像をうざったがって、マネするヤツにキレます。スカヨハがムラムラするところのパロディになっています。
(3) 『アイランド』では臓器企業は「クローンには心はありません!可哀想じゃありません!」って売ってましたが、本作では「子供たちにはちゃんと心があります!」って世間に訴えています。提供者の自発性を売りにしてるのかしら?なんか、こっちの方が嫌な気がしちゃうけど…パロディですからね。

こんなパロディで命の尊さを訴えたところで説得力に欠けますね。まじな感じで言うと、この設定があったから、というものがないように思えたんですね。難病の人とかを助ける側のお話なのに結局、難病ものと大差ないんですよ。死んじゃうんだね、可哀想だね、って。

役者についてですが、キャリー・マリガンを「21世紀のヘプバーンだ!」って言ったの誰でしょ。脂肪と一緒に色気を抜き取ったマギー・ギレンホールじゃないですか。もしくはむくんだミシェル・モナハン。アンドリュー・ガーフィールドは『アメイジング・スパイダーマン』のピーター・パーカーですね。パッと見イケメンなので「こんなのダサいピーターと違う!」って思ってたんですが、本作の根暗でお馬鹿でオタクっぽい感じはキモいわーって、ビックリどん引きしました。それでもモテそうな感じがいけすかないです。

なんかブーブー言っちゃってる僕ですが、近いうちにちゃんとした感想を探し読んで反省することになるのかもしれません。ではまたお目に掛かりましょう。
RREVHOME NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。